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まちゃひこのシアタールーム

ブログ「カプリスのかたちをしたアラベスク」の別館。映画の話をするよ!

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映画感想「アメリカン・スナイパー」(イーストウッド監督)――シチュエーションでしか生きられない

アメリカ
Hatena Feedly

この前の土曜日は妻の誕生日祝いで近所の洒落たフランス料理屋さんにいきました。

白ワインをボトルでオーダーし、酒好きの妻と同じペースで飲んでいるとどうやらガッツリ酔ってしまって、あーこれやばいな、と直感、トイレに駆け込みました。

しかし吐くわけにはいかない。いや、吐くにしてもそれを悟られてはならない。

そう思って、音姫を活用したのですが、ぼくの嘔吐音は楽勝で店内に響き渡っていたとのことです。

 

で、その日。上記の事件が起こる前に話題の映画、「アメリカン・スナイパー」を見に行きました。今日はそのレビューを書きます。

 

 

 

 

あらすじ

この世には三種類の人間がいる。

強者に屈服する、弱者を搾取する狼、狼に立ち向かう番犬(牧羊犬)。

主人公クリス・カイルは父に「番犬(牧羊犬)」として生きることを、幼いころから諭される。

この話は、アメリカ軍最強のスナイパーといわれたクリス・カイルの自伝をもとに作られた、4度のイラク派遣を主軸としたかれの人生についての物語。

 

感想

最初にざっくりいうとむちゃくちゃおもしろかった。1シーン1シーンにたしかな「みせる」重み、緊張感があって、上映中の2時間あまりずっと目が離せなかった。

物語の主題に「戦争」があるぶん、どうしてもセンシティブな問題を含むのだろうけれど、ぼくはこの映画に関しては「戦争」に対する賛否を問うことじたいを大きな問題としていないような気がした。いや、もちろん、ひと一人の人生と戦争の関わりを描くことは、必ず戦争についてはネガティブな姿勢を導くのだけれども、しかしぼくがいいたいのはそういうことじゃない。

この映画は表面上、クリス・カイルが「愛国」ということばを口にするけれども、行動の中核に果たしてそんなものがあるのか、と考えたとき、それはあまりにもどうでもいい、「取ってつけた理由」でしかなかったと思う。

 

断片性の高さと緊張感

アメリカン・スナイパーが緊張感の高い作品となっている理由のひとつに、ぼくは「ひたすら描写に徹した」というのがあるようにおもう。これはあらすじでも書いたけれど、まぎれもなくクリス・カイルの物語ではあるけれども、映画の構成としては断片性が高かったとおもう。断片性、といっても上手く説明しにくいのだけど、「シチュエーション」がひたすら続く、みたいな。戦場のシーンにもミッションの進行という時間的なつながりは4回に渡る派遣のなかでもあるけれども、爆撃であり、その瞬間の「生きるか死ぬか」が、前後の時間を裁断するような。「その瞬間」がこの世のすべてという感じをつくる。そして、そういった物語を断片化する戦場の暴力的なシーンが、「愛国」という思想さえも打ち砕く。かろうじて残るのは、生きようとする意思と、仲間の死の無念さ、そしてそれは戦場を離れても残像を残す。

 

イラクの問題、愛国云々、そういったことが物議を醸しているらしいけれど、個人的にはそういうことから離れてこの映画を観るのがいいとおもう。余計な思想に左右されて、映画を観る、という一瞬をくだらないものにしないほうがいいと思う。

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